初めてのフランス、初めてのパリ Bonjour Paris!
  元気おじさんの旅日記  


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パリの雪景色!

あこがれの華の都、巴里 にはじめて行ってきました! 初めて家人との海外旅行のため少々緊張しました。
本当なら10日くらい滞在して、いろいろなところを見て回りたかったのですが、今回は下見とし、エスコート役に徹しました。 なんせ奥方に、海外旅行の楽しさを紹介せねばなりません。
今回の収穫は、パリの雪景色≠ナした。

パリ観光1日目

パリ在住日本人ガイドに、とっておきのパリを案内していただきました。パリにしては珍しく雪でした。滑らないように気をつけてレストラン「ピエ・ド・コション」で、アツアツのオニオングラタン・スープの朝食。お腹を満たしてから、いよいよパリ観光の、はじまり・はじまり!

 まづはシテ島へ。パリのシンボル、ノートルダム大聖堂、シテ島に常設されている花市での散歩、カルチェ・ラタンの小路とサンジェルマン・デ・プレ教会内の見学。 ピカソの「ゲルニカ」を描いたアトリエ跡やシャガールの天井画で有名なオペラ座(オペラ・ガルニエ)の入場見学。

 昼食は「ビストロ・ロマン」でエスカルゴ料理。エネルギー補給後は、これも定番のアーケード、パッサージュを巡り、ルイ14世が幼少期を過ごしたパレ・ロワイヤルを散策後、超モダンなポンピドー・センターの国立近代美術館で名画鑑賞、ムフタール通りの常設マルシェでパリの市場を体験後、マレ地区にあるアパルトマンホテルへチェックイン。キッチン付きの洒落た部屋、今日から4連泊よろしくお願いしまーす。 

夕食はルノワールが愛し、描いた「フルネーズ」のフレンチ・ディナーでパリの夜を寛ぐ。

ピエ・ド・コション

ピエ・ド・コション

24時間営業のこの店名はフランス語で「豚の足」。衣をつけて揚げた豚足が名物。店のあちこちに豚のマスコットが飾られていました。外は雪がしきりに降っています。

パリでの雪は珍しく、めったに降らないそうなので貴重な体験で、ホワイト・クリスマス気分での朝食となりました。

サン・ジェルマン・デ・プレ教会周辺

ロマネスク様式の教会。フランスで現存する最古のものの一つで、ガイドさんは7世紀に建てられたと説明だが、パリ司教聖ジェルマンが葬られたので、「野原(プレ)にある聖ジェルマン」で、サン・ジェルマン・デ・プレ教会となる。当時この辺は野原であった。

 回転写真は順番に、教会の向かいのカフェ「レ・ドゥ・マゴ」は、かつて知識人たちの溜まり場であった。次の2枚はラテン地区<Jルチェ・ラタンの学生街の横丁の看板、次はピカソが「ゲルニカ」を描いたとプレートアトリエ跡です。

ノートルダム大聖堂

ノートルダムとは聖母教会のことで、世界各地に聖母教会がある。パリのノートルダムは1163年に着工し、170年がかりで完成。バラ窓が3つあるとは知らなかった。豪華なゴシック様式の建築。重い壁を支えるための工夫がなされ、精緻な彫刻とともに雪のノートルダム大聖堂は荘厳な雰囲気でした。
 映画『ノートルダム・ド・パリ』のカジモド役はアンソニー・クインが有名ですが、チャールス・ロートンのもありました。

 正面広場に、パリの中心になる0m起点のプレートがあり、国道などの距離表示はここを起点としています。皆さんも見つけてください。

オペラ座(オペラ・ガルニエ)

オペラ座(オペラ・ガルニエ)

パリにはオペラ座が2つあり、1989年のオペラ・バスティーユ(新オペラ座)の完成により、現在はバレエ専門の劇場とのこと。幅125m,奥行73mの堂々たる劇場。 内部装飾の豪華さは想像以上で、吹き抜けになっているホールと、大階段にはフランス各地から集められたという色とりどりの大理石が美しく、たくさんの人での撮影スポットになっていました。

 客席と舞台はリハーサルがない日のみ見学が可能です。訪れたときは見学できました。左の写真は、天井に描かれたシャガールの大作『夢の花束』です。右の写真は、オペラ座から同じ高さの重厚な石造建築が並ぶオペラ大通りです。正面に見えるのは、雪を頂いているルーブル美術館です。観光ルートからは外せない名所ですね。

パサージュ「ギャルリー・ヴィヴィエンヌ」


パサージュは正確にはパサージュ・クヴェール「屋根が付いた車の入れない歩道」という意味だそうで、そのほとんどが1823〜1847年の間にに建築されたそうです。しかし、今世紀に入って市内の道路整備が進み、商店は明るく人目につく外の道へ飛び出し寂れたそうです。

老朽化した屋根や壁は再建され、新しいブティックが次々に入居して、今は古きよきパリを思わせるレトロな空間として賑わっています。 床のタイルのデザインが個性的です。このサロン・ド・テは『ア・プリオリ・テ』英国風ティールームです。

ポンピドゥー・センター(国立近代美術館)

ポンビドゥー・センターの4〜5階にある作品は、20世紀アートのコレクションとしては世界最大級の美術館です。

フルネーズ


夜のオプショナル・ツアーで「フルネーズ」というレストランへ行きました。パリの西にある「メゾン・フルネーズ」は、セーヌ河沿いにあるレストランです。

印象派の画家たちに愛されたことで有名です。なかでも、ルノアールが描いたことでも知られています。この絵はレプリカですが、本物はワシントンの「フィリップス・コレクション」にありました。同じ関西の方たちと同席し会話が弾みました。



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パリ観光2日目
午前中は徒歩での散策。今日もパリ在住のガイド、ジルさんにマレ地区を案内してもらう。
フランス革命の舞台となった、バスティーユ広場から貴族の館が建ち並ぶマレ地区の代表格・シュリー館を抜け、1612年に完成したパリで最も古い、ヴォージュ広場へ「貴族」の回廊カフェで休憩後、ファッションストリート・フランブルジョワ通りを散策しながら、ピカソ美術館へ。

 鑑賞後、ヴィエイユ・デュ・タンプル通りを歩き、豪華なパリ市庁舎見学後、各自昼食。
パリ13区シャガール通りにある、アトリエだけの集合住宅へ訪問。ギフトショップへ立ち寄り、ホテルへ。 夕刻、パリナイト体験のはじまり。

ポン・ヌフを真正面に臨む、日本料理とフレンチを融合した人気のレストラン「コング」での夕食後、バトー・ムーシュ乗り場から夜のセーヌ河クルーズ=@ライトアップされたセーヌ河両岸の夜景にうっとり。シャイヨー宮からのエッフェル塔のイルミネーションショーは眩いばかりで、トレビイア〜ン♪

バスティーユ広場

1789年7月14日、ここにあったバスティーユ監獄が市民の襲撃によって陥落し、フランス革命の幕が上がった。革命が勃発すると、監獄は旧体制のシンボルとしてまっ先に民衆の標的となった。7月14日は記念日として国民の祝日となり、監獄の名は跡地の広場名として残された。

 広場の中央に立つ高さ52m「7月の円柱」は、1830年の7月革命で殺されたパリ市民を祀るため建てられた。円柱の下には、7月革命と1848年の2月革命の犠牲者の遺体が埋葬されている。

 左写真の円柱後ろの建物は、革命200年後の1989年に記念事業の一環としての「オペラ・バスティーユ」です。右の写真は、監獄跡の敷石だそうです。

ヴォージュ広場



王侯貴族の歴史が息づく広場
方形状の広場は、北に「王の館」、南に「王妃の館」を対照的に、東西127m、南北140mの周囲を36棟の建物がどれも同じ外観で取り囲んでいて、レンガの色の違いでわかるらしいが、同じように見えました。

右の写真は、その一棟を改造したカフェです。大通りから1本入ると、このような静かな場所があるのが、パリの魅力のひとつです。

ピカソ美術館



マレ地区の歴史建造物めぐりの最後はサレ館のピカソ美術館の作品鑑賞です。
ここの主は「サレ」つまり「塩税」を徴収する貴族でした。

 右の写真は地下室を改装したホールにある作品群です。


パリ市庁舎



パリ市庁舎にはパリ市役所とセーヌ県庁が同居していて、東京都庁にあたる建物。一見して外からはとても市庁舎には見えず荘厳な建築物。市庁舎前の広場には野外アイススケート場やメリーゴーランドがありました。現在パリ市では2012年のオリンピックの招致活動が行われています。

右の写真のような「オリンピック・カラーの2012のロゴ」が公共施設に掲示されています。

ところが、パリ市民にはイマイチ人気がないそうです。世界一観光客が多い街に、オリンピックとなれば世界中からの観光客で、うんざりというのが本音だそうで、多分落選してほしいと願っているそうです。

しかし、当局はサッカーワールドカップやパリマラソンなどで競技場施設のインフラが整備されているので、新たな費用が掛からないというのがセールス・ポイントで招致活動を進めているそうです。

セーヌ河クルーズ

天候が悪く当初予定の出航便が取り消しになり、レストラン「コング」での食事もそこそこにバスを走らせ、バトー・ムーシュからの最終便の観光船に乗り込みました。小雨模様が途中で、みぞれになりましたが、ライトアップされたセーヌ河の夜景はすばらしく、多くの人がみぞれ覚悟でブリッジに出て撮影していました。

「シャイヨー宮」正面からの、エッフェル塔のイルミネーション・ショーは一見の価値アリです。

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パリ観光3日目

今日は終日自由行動。遅めの朝食を済ませ、ホテル前のメトロ8号線サン・セバスチャン・フロワサール駅からバスティーユ駅で、1号線に乗り換え パレ・ロワイヤル・ミュゼ・デュ・ルーブル駅で下車。そうです「ルーブル美術館」です。持参した「カルト・ミュゼ・モニュマン」で入場。日本語の館内案内図を貰い、手荷物を預け混雑しないうちに一気にドュノン翼2階のイタリア絵画、3階のフランス絵画をまわる算段。 二人で十分下調べをしたので、ここまでは完璧。ガイドブックに沿って、名画の鑑賞三昧の至福の時を過ごす。3階のリシューリー翼の14〜17世紀のオランダ、フランドル、ドイツなどの北方絵画を鑑賞。お目当てのフェルメールの1点「レースを編む女」は貸し出し中、「天文学者」 ほか多くの名画を鑑賞する。昼食は美術館内のカフェで軽く済ませ、ブランド級の絵画・彫刻を鑑賞。

午後からの館内は芋の子を洗うが如し¥態。お土産の小物グッズを物色。 美術館内のピラミッドで記念撮影後、対岸のフランス印象派の殿堂「オルセー美術館」へ。駅舎の跡地利用なので、有名美術館と比して殺風景。それでも名だたる名画があり満足。印象派の多くの絵画は、お金持ちのアメリカへいってしまった。

 「オルセー美術館」を後にして、セーヌ河の芸術橋(ポン・デ・ザール)から、先日亡くなった愛犬の遺髪を流して弔う。「16年間有難う」と合掌し、二人して涙。 チュイルリー公園内を散策。「オランジュリー美術館」の改装はいつまでだろうか。改装完了予定2004年とありましたが・・・。コンコルド橋を渡りコンコルド広場にでる。ここはマリー・アントワネット終焉の場所。いろいろなモニュメントがあり、感慨にふける広場。

 露店で、クレープに、ワッフルと飲み物を買いベンチでひといき。食後クリント様式のギリシャ神殿をおもわすマドレーヌ寺院に行き、8号線マドレーヌ駅よりホテル最寄駅へ。ホテル近くのスーパーで食料を調達。ホテルの部屋で本日の出来事を肴にミニ・パーティ。仏国営TVを観ていると、バチカンの「法王」が入院のニュース。それも何度も。やはりここはカソリックの国なのだ。TVを観ながら寝てしまった。

ルーブル美術館

ルーブル美術館

皆さんは、年末・年始(平成16年末から17年始めにかけて)に合計3回 NHKのBS及び総合TVで「夢の美術館・ルーブル」をご覧になりましたか? なんと延々6時間にわたって放送されました。

よりすぐりの100点の美術工芸品が紹介されていました。たしかに、これらの全てを観るにはとてつもない時間と、かなりの体力が必要でしょう。

メトロポリタン美術館やワシントン・ナショナルギャラリーのような縦の美術館≠ナはなく、横の広い美術館≠ナした。建物がコ形になっていますので、お目当ての展示物を観るために、ピラミッドのある中庭を歩く羽目になり、コートをクロークに預けたため薄着の姿で、震え上がるほどの寒さの中で信号待ちをする羽目になりました(ルーブル美術館の中庭に車道がありました)  

さすがのパリっ子たちも二人の姿にビックリしていました(笑)「モナリザ」はさすがに厳重なガラス入りで、人垣で近づけませんでした。奥方は、「ナポレオン三世の居室」や、「ナポレオンの部屋の宝石類」に関心がおありでしたが、私は「ポンパドール公爵夫人の肖像」が観たかった。

ここのチーズ・パンは美味しいのです。えっ、なんの話って。なに公爵夫人の名をとった「パン屋さん」の話です。そろそろ、お昼にしましょう。写真は番組でも紹介されたどれも有名なものです。

オルセー美術館

ルノアールのムーラン・ド・ラ・ギャレット

美術館巡りの最後としているオルセーに来れて感無量です。
ルノアールの「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」や、ゴッホの「オーヴェル・シュール・オワーズの教会」などをはじめマネ・ドガ・モネ・セザンヌ・ロートレック・ゴーギャン・スーラ・ルソー等々日本で人気の代表作がズラリと惜しげもなく(当たり前?)陳列されていました。

手の触れる程の距離にもかかわらず係員が見当たらない。ビデオ・写真撮り放題。
違いますなあ日本と。先日行った関西の某美術館では作品数が少ないのに、係員がピリピリしていてましたが・・・

チュイルリー公園

チュイルリー公園

東西をコンコルド広場とルーブル宮、南北をセーヌ河とリヴォリ通りに囲まれ、パリ1区のほぼ1/6を占めています。  この広場内にあるオランジュリー美術館の前身はオレンジ園でした。

古いガイドブック「わがまま歩き・パリ編」に、「2000年末まで閉館中」とありましたが、2005年2月現在も閉館中でした。それで、世界中でオランジュリー展が開催されているのでしょう。
写真の正面に見えるのはルーブル美術館です。



パリ観光4日目

パリ観光最後の日。一味違ったオプショナルツアーを利用してのパリの街を堪能しました。
予定では、新たに蘇った地区サン・マルタン運河から始まり、クリニャンクールの蚤の市体験、
モンマルトルの丘で画家広場をのぞき、凱旋門屋上からのパリ市内を眺め、ショッピングストリート・モンテーニュ大通り散策後、「サロン・ド・テ」名物のマカロンで午後の紅茶という、てんこ盛りのムニュでした!

サン・マルタン運河

パリ市の西北、ウルク運河とセーヌ河を結ぶサン・マルタン運河は王政復古時代に造られた全長4.5kmの水路。水位差が25mもあるため、9つの水門が設けられている。

水深は1.9mで、時々川さらいをするといろいろなものが出てくるそうで、あるときはピラニアや1.9mのナマズが出てきた時もあったそうです。

 右の写真は、戦前の映画「北ホテル」の撮影に使われた「HOTEL DU NORD」、現在はレストランになっています。サンマルタン運河を撮影した映画に、マーロン・ブランドの「ラスト・タンゴ・イン・パリ」やフェイ・ダナウェーの「パリは霧にぬれて」などがあります。
「アメリー」に写っていたかなあ?

サン・トゥアンのノミの市

パリにはサン・トゥアンをはじめ3つの大きなノミの市があり、その中で最も大きいのがパリ北にあるこの市。クリニャンクールのメトロ駅の近くに11の常設マルシェがある。

このひとつの「マルシェ・マラシMalassis」に立ち寄る。建物の2階から2階へは渡り廊下になっていてグリーンで統一されたモダンな建物の中にあった。まさにガラクタものが多くあり、目利きが出来ないので、ただ眺めるだけであった。ガイドさんは、ここはスリが多いから気をつけるよう再三注意されました。

  右の写真は、ワンちゃんがテーブルの上にこぼれたお酒を飲んで酔っ払って寝てしまうストーリーの漫画で、気に入ったが大振りで額付きなので諦める。犬好きのカミさんは中身だけにしようかと迷っていましたが・・・・

モンマルトルの丘



やはり「モンマルトルの丘」へは歩いて登らなければムードがでません。
やっと淡い冬の陽射しが出てきましたが、年配者が多いので1分前後のケーブルカーを全員利用しました。

頂上のサクレ・クール寺院はどことなくエキゾチックな外観でした。この寺院のなりたちは、1870年の普仏戦争の敗北によって国民の暗い気持ちを癒すために建設が計画されたそうです。院内は外の喧騒と違い厳かな聖歌が唱和され観光寺院と一線を画しているようでガイドの説明も禁止です。


右の写真は有名な「テルトル広場」です。レストランやカフェにかこまれたこの広場は、似顔絵描きと見物客で賑わっていました。ツアー客も記念にと描いてもらっていました。
値段も交渉で、適当に折り合いがついたようです。

凱旋門

シャルル・ド・ゴール広場の中央に立つ凱旋門はまさにパリの顔。ナポレオンの命により建造されたが、本人は完成を観ずに亡くなった。(着工:1806 完成1836) 外側から内側までびっしりと彫刻で覆われ、それぞれ意味あるレリーフがが施されている。これらを観ると、凱旋門は旅行者にとってはパリの街を彩る観光スポットのひとつですが、フランスの戦いの歴史を刻んだ歴史建造物であることがわかります。
喘ぎながら、高さ約50mの螺旋階段を登って屋上にでると、展望台から放射状ににのびる12本の大通りとパリの町並みが一望。
写真は展望台からの、シャンゼリゼ大通り、螺旋階段、無名戦士追悼の炎とモンマルトルのサクレ・クール寺院です。

モンテーニュ大通り

サロン・ド・テでの喫茶時間までの間、シャンゼリゼ通りのロン・ポアンからアルマ広場までのブランド・ショッピング・ストリート、モンテーニュ大通りをウインド・ショッピングと洒落込む。きら星のごとく有名ブランド店が軒を連ねていました。見ている分には差し障りはないのでしょうが、どんな客層なのでしょうか。
 ファッションのことはわからしまへんけど、デザインは興味があり、このディオールの服はDior≠フロゴを服地の柄にデザインしているのがユニークでした。すそ模様の花柄もポイントになっていて、目を楽しませてもらいました。
もう一つ楽しませてもらったのは右の写真です。ある店先の小さな庭に、この寒い季節に桜≠ェ咲いていました。パリはもう春ダ!

サロン・ド・テ「ラデュレ」

さあ、いよいよ本日の最後のアクティビティは「ここのサロン・ド・テ名物のマカロンのお召し上がり〜♭」で締めくくりました。
 トレイに乗った「本日のケーキ」から好きな品を選ぶも、♪ド・レ・ニ・シ・ヨ・ウ・カ・ナ?≠ニ、はしたなき仕草でヒンシュクを買う。
マカロン≠ヘフランスの焼き菓子なるも、摩訶&s思議な風味が鼻孔を抜けるなり。
伴れは、ケバイ色のケーキだけが残り、仕方なく食すも、ビミョ〜な味がパリの思い出となった。

セーヌ河岸のブキニスト












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